ここは柳葉敏郎が出ているCM「AFLAC」で使われてる場所でもある。さてさて、藤沢周平の『橋ものがたり』。これは、橋を舞台にした市井・職人人情物の作品集。この永代橋も佳篇『川霧』に登場する。佐賀町寄りの欄干に立つ「わけあり」な女おさとと、蒔絵職人の新蔵が、朝早い永代橋の上で出会う話である。ここで何枚か撮った後、再びアーケード商店街へと。 清澄通りを真直ぐ上って、小名木川へ行く途中、清澄庭園の横にある清澄公園で一息。右写真にある梅の木はそこの広場の真ん中にデーンと立っている。そしていざ萬年橋へ。僕はまたもや藤沢ワールドへ入り込んだ。『約束』という佳篇の舞台である隅田川に程近い萬年橋。歳月を経てお互い「大人の苦労を味わった」二人が、五年越しの約束の再会を果たす場所だ。中原中也の詩にまで思いを巡らす方もいるかと思うが、藤沢は作品の中で「人間が変わっちまったわけじゃない」と優しく諭している。ちなみに、橋の手前では松尾芭蕉が腰を下ろして休憩している。 小説に出てきた場所を訪れてみるという行為はよくあることで、読者が実際にそこへ訪れて何かを感じてもう一度作品世界へ帰ってくるという仕組みは、実にインターネット的なことだと気がつく。 何か言いたいことがあるから作家は作品を作り、その何かを、作品を通して受け取るからこそ読者も動きたくなる。読者は外から内へ入った積もりが、内から外へ向いてしまう(思いのベクトルとして)。インタラクティブというのはおよそこのへんの「相互作用」ということで、つまり小説はインターネットよりもずっと昔からインタラクティブだった。形が変わってもやってることは一緒なのかもしれない。活字離れが進んでも、その本質まではそう簡単に見失えないということか。新しいことをするっていうのは思ってる以上に難しいのですね。
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