お品書き
第一回『浅草』篇
第二回『聖蹟桜ヶ丘』篇
第三回『和田堀公園』篇
第四回『権田原』篇
第六回『桜上水』篇
第七回『大蔵』篇
第八回『門前仲町』篇
第九回『西原』篇
第十回『お台場』篇
第十一回『高尾山』篇
第十二回『分倍河原(前編)』篇
第十三回『分倍河原(後編)』篇
第十四回『渋谷区本町』篇
第十五回『初台』篇
第十六回『善福寺川緑地』篇
第十七回『九品仏』篇
第十八回『等々力渓谷』篇
第十九回『笹塚』篇
第二十回『幡ヶ谷』篇
第二十一回『代々木』篇
第二十二回『谷中』篇
第二十三回『巣鴨』篇
第二十四回『雑司ヶ谷』篇
第二十五回『明治神宮外苑』篇
第二十六回『光が丘公園』篇
第二十七回『立会川(品川区)』篇
第二十八回『高井戸・浜田山』篇
第二十九回『日野』篇
第三十回『日野橋(前編)』篇
第三十一回『日野橋(後編)』篇
第三十二回『夢の島マリーナ』篇
第三十三回『京王永山(前編)』篇
第三十四回『京王永山(後編)』篇
第三十五回『根津』篇
第三十六回『石神井公園』篇
第三十七回『表参道(同潤会アパート)』篇
第三十八回『京王多摩センター』篇
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第五回 失われたクレープ屋を求めて
参宮橋は、小学生の頃の遊び場だった。家で一緒にファミコンを楽しむ友だちと、駄菓子屋でお菓子を一緒に食べる友だちがいた。不思議とこの両方を一緒に楽しめる友だちはあまり多くなかった。駄菓子屋でつるむのは、きまってサッカークラブで一緒の連中。
渋谷区の中でも、西原と代々木は緑が多く、かなり閑静な住宅街だ。閑静過ぎて、人にあまりでくわさない。そんな住宅街を抜けると、参宮橋商店街の入口に着く。ここからは一気に庶民度が上がる。この辺りのバランス感覚が不思議である。中ほどまで行くと参宮橋ストアーがあって、入口正面に駄菓子屋があった。ここでの僕の密かな楽しみ、それはスピードくじだった。
くじをひいて、出た番号の商品を壁にかかってるボードからとる。僕の興味は、ある一枚のステッカーに注がれていた。52番の場所に飾られた
『気まぐれオレンジロード』
のステッカーである。左にあしらわれたタイトルロゴ、右のサークルに鮎川まどかの絵が描かれたそのステッカーがどうしても欲しくて、52番の数字をひくまで何度もやった。くるたびに、ボードにそのステッカーがまだ存在していることを確認するのが、まず最初にすること。そしたら、UFOチョコや「5円があるよ」(5円の形をしたチョコ。値段も5円)やチーズの味のうまい棒を食べながらくじに励む。他の奴がひく時は、何が当たるかジッと見守った。そいつがスライムみたいな汚い色のスーパーボールなんかひくと、僕はホッと胸をなで下ろしたりした。
ところで、このくじは、わざわざ店のオヤジに見せる必要はなかった。自己申告制である。つまり店のオヤジと僕らの間には一種の紳士協定があったのだ。だから店のオヤジもそのことについて何も言わなかった。
しかし、好事魔が多し。僕はひけどもひけども当たらないくじに苛立って、ある時ついにこの紳士協定を破る暴挙に出た。全然違う番号が出たのに、「あっ、52番」と言ってボードから『きまオレ』ステッカーを引き剥がしたのだ! ステッカーを手に入れた後、5分もしないうちに僕は駄菓子屋をあとにした。
その後も友だちと一緒によく駄菓子屋に出向いたが、いささか罪悪感があったせいか、一人で来ようとはしなくなった。と同時に、僕には新しい遊び場の開拓が必要になった。で、次の遊び場は、参宮橋ストアーから更に駅の方へ少し進んだところにあるクレープ屋へと変わった。サッカークラブの連中と出向くようになったそのクレープ屋でのお気に入りはハムやレタスを巻いたやつ。あんまりうまいんで、友だちの家で一緒に作ったりしたこともあった。そのクレープ屋に行きたくなって今回の散歩が始まったのだが、15年の月日は長かった。参宮橋ストアーもクレープ屋もなくなっていたのだ。参宮橋ストアーは「グランエクレール参宮橋」という建物に、クレープ屋にいたってはどこにあったかさえわからなくなった。
来た道を引き返して、代々木公園の方へと歩き出した。代々木八幡そばの踏切を渡れば目の前が代々木小公園である。小学3、4年の頃、自転車にまたがりながらこの踏切が開くのを待っていた僕は、バーが上がった瞬間、アゴにひっかかってあやうく宙釣りになりかけたことがあった。よく考えてみるとひどいエピソードだ。僕は小公園を横切って代々木公園に入り、夕暮れ時のうまい一服を吸いながら、あのクレープ屋の前に立ちこめた甘い匂いを一生懸命思い出していた。
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