vol.44 武蔵新田(大田区千鳥町)「朝帰りの日々」

chapter1
思いがけない再訪

先月、つまり6月の初旬、昔アルバイトをしていた郵便局に所用が出来て、訪れる事になった。それだけしかなかったのだが、せっかくなのでカメラを持参する事にした。バスで渋谷へ出て、東横線で田園調布まで行って目蒲線に乗り換えて「武蔵新田」という駅で降りていた。

駅前は当時とほとんど変わっていなかった。見覚えのある場所にコンビニがあり、薬局やラーメン屋、パン屋も当時のままだ。

歩いて数分の場所にある郵便局へ行って、5分程度で所用を済ませ、あっという間に駅前に戻ってきた。所々にアジサイが咲いていたが、さほど気にとめる事もなく駅へ向かった。暑くて死にそうだった。

駅の作りもほとんど変わっていないように見えたが、ホームにはガードができていたのが当時通っていた頃と違う点か。自殺防止用とか、単に安全用という事だろうと思うが、違和感を覚える。第一ホームが心無しか狭く見えるし、物々しい雰囲気を与える。都営三田線などもそう感じる。

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chapter2
目蒲線がなくなっていた

目蒲線が廃止されたのは2000年頃だったそうだ。ついこないだ知った。武蔵新田へ通っていた当時は田園調布で東横線を下車して、同じホームから目蒲線に乗り換えていた。当然この日も同じようにしたが、一向に電車が来ないので路線図を確かめると、「蒲田←→多摩川」間になってる。一駅足りないよ!

…出ばなをくじかれた格好になり、改めて東横線に乗り直し、多摩川まで来た。この区間は「多摩川線」と呼ばれるようになっていた。変わるもんだなあ。行きで多摩川駅から多摩川線に乗ったのと打って変わって、渋谷へ戻る時の多摩川駅のホームは外に出ていた。何だか眩しい。

もうおそらく武蔵新田に来る事はないんじゃないかと思うが、用事でもなければずっと来なかっただろうし、第一、目蒲線がなくなっていた事すら気付かなかったし。
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chapter-3
朝帰りの日々

10代後半から20代になりたての頃は、地元である渋谷が好きになれなかった。どっちかといえば新宿をブラブラする方が好きだったし、センター街を歩くよりも歌舞伎町の奥をうろつく方が不思議と気楽だった。原宿や表参道、青山へはちょくちょく行ったけど、やっぱり渋谷は避けていたような気がする。

武蔵新田にある郵便局でバイトをする機会を得た事でまず渋谷を経由するようになって、変な話だが渋谷区民として初めて自然と渋谷へ出向く事を覚えた。その後、20代半ばでようやく渋谷の人ごみに対する耐性が身に付きつつあったといった感じだ。どうでもよくなったとも言えるか。そして、今となっては渋谷へ来る事の方が多いかも知れない。本当に不思議なものだ。

学生当時から職種を選ばずいろんなバイトをやったが、一番長かったのが郵便局だ。時間は主に夜中から朝にかけて。単に給料がいいという理由だけだった。渋谷駅に戻ってくるのは、まだ人でごった返す前。ボチボチ空が明るくなるだろうといった頃。始発のバスに乗って帰宅する、そんな日々。

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