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第四回 季節はずれの怪談物語2002

権田原に来た。相変わらずいい眺めが堪能できる落ち着いた場所。というのも、ここへは一昨年も来ていたのダ(その時の写真)。今日は、権田原の歩道橋を降りて、信濃町駅の向こうへ行ってみることにした。つい行きそびれていた於岩稲荷のことを思い出したからだ。この辺りは某S学会関係の建物がそこら中にある。外苑東通り沿いには教会があったり、そこから数十メートルも行けば、多分それぞれ宗派が違うだろうお寺がいくつもある。実に日本的だ。 これだけの異宗教が一つところに混在しつつ、コンフリクトの様子がない。心の中まではわからないが、こんな狭い町に共存しているというのがすごい。世界三大宗教の聖地と呼ばれる場所の近隣じゃ、人間が不毛な衝突をくり返しているわけで。ブッシュはここを訪れて行くべきだった。無宗教と言われる国からの説法はシャクにさわるかもしれないが。

町をブラブラさまよっているうちに、細くてキツイ勾配の坂にでくわした。闇坂? 麻布にもあるが、一文字足らないな。「暗闇坂」と書かれていたらそれほど恐くないが、「闇坂」で「くらやみざか」と読ませるのはスゴみがある。正直、この看板を見た時、「しまった」と思った。ヤな所に来てしまった、と。勾配のキツさや、坂の下にある墓地が恐怖感をあおったのだ。十分なレベル上げをしないまま、ボスキャラの部屋に来てしまったような気まずさだ。
闇坂を登り切った須賀町8番地からまっすぐ歩いた。左門町は細長い二区画だけの小さい町だ。そんな中に赤い旗をなびかせて強烈な違和感を放つのが於岩稲荷。ここは鶴屋南北の四谷怪談で知られるお岩さんの家系である田宮さんが守っている稲荷。だからといってお岩さんが祀られてるわけではないようだ

ところで、 既に知られているように、この怪談はまるっきりのフィクションだ。田宮伊右衛門とお岩の夫婦は実在したが、戦国時代ころに生きていたそうで、仲むつまじく暮らしていたそうな。この稲荷は、厄除け、縁結びということで、とりあえずお参りしてみた。年始に明治神宮へ出向いたりしても1円や10円などのジャラ銭しか出さないが、あいにく千円札と百円玉しかなかったので、百円をさい銭にして、何やらいいことを拝む。

参拝を済ませた後、於岩稲荷の前で一枚パシャリっと・・・、お? 電源は入るのにシャッターが開かない。4、5度試みるも、応答なし。あれ? これってテレビの心霊スポット特集とかで必ずある、カメラの故障か? まさか自分も・・・。これはある意味「デビュー」なんじゃないだろうかと思った僕は、あたりをキョロキョロと見渡した。不思議と恐怖がこみ上げるでもなく、むしろ今の気持ちを誰に最初に伝えようかと思案してみた。ところがである。故障かと思ったカメラの不可解な動作は、ダイヤルが微妙に中間地点でとまっていたために、カメラが対応できずに、電源だけ入るというオチだった。大体、お参りした奴がどーして祟られなきゃなんないのよ。ま、たかが百円で言えたもんじゃないんですが、ほんの一瞬でも季節はずれのニセ心霊体験が味わえた気がした僕は、闇坂を降りた右にある公園で一服し、今回の散歩を公開するために十分な枚数が撮れているかどうか確認してみた。一枚、二枚、三枚・・・。合計十数枚。僕は十分足りたようである。ヨカッタです。


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