第三十回 夏の日の夕立ちの匂いと
もう30kmくらい走っただろうか。
何本ジュースを飲んだのか、もう覚えていない。それでも、まだまだ、僕らはペダルを漕ぎ足りなかった。
1987年8月。バスケ部を辞めたSと、ボールを蹴ることすら忘れてしまいそうな無為な毎日を送っていたサッカー部の僕は、合同合宿を揃って辞退した。
皆が合宿へ出た朝、僕らは甲州街道を西へ向かって、
お品書き
第一回『浅草』篇
第二回『聖蹟桜ヶ丘』篇
第三回『和田堀公園』篇
第四回『権田原』篇
第五回『参宮橋』篇
第六回『桜上水』篇
第七回『大蔵』篇
第八回『門前仲町』篇
第九回『西原』篇
第十回『お台場』篇
第十一回『高尾山』篇
第十二回『分倍河原(前編)』篇
第十三回『分倍河原(後編)』篇
第十四回『渋谷区本町』篇
第十五回『初台』篇
第十六回『善福寺川緑地』篇
第十七回『九品仏』篇
第十八回『等々力渓谷』篇
第十九回『笹塚』篇
第二十回『幡ヶ谷』篇
第二十一回『代々木』篇
第二十二回『谷中』篇
第二十三回『巣鴨』篇
第二十四回『雑司ヶ谷』篇
第二十五回『明治神宮外苑』篇
第二十六回『光が丘公園』篇
第二十七回『立会川(品川区)』篇
第二十八回『高井戸・浜田山』篇
第二十九回『日野』篇
第三十回『日野橋(前編)』篇
第三十一回『日野橋(後編)』篇
第三十二回『夢の島マリーナ』篇
第三十三回『京王永山(前編)』篇
第三十四回『京王永山(後編)』篇
第三十五回『根津』篇
第三十六回『石神井公園』篇
第三十七回『表参道(同潤会アパート)』篇
第三十八回『京王多摩センター』篇
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あてもなくペダルを漕いでいた。
「自転車で遠出」という誰しも一度は経験する小さな小さな旅。あの日、日野橋で見た景色は暑い夏の陽炎のようでもあった。しかし、僕の目にはあの日のすべてがハッキリと心に刻まれている。
あの日を最後に、僕は「橋の向こう」へ行ったことがなかった。行きたければ行けばいいだけのことだった。でも今日の今日まで来なかったのは何故だろう?
僕は日野1096番地あたりの歩道橋から眼前に佇む日野橋をファインダー越しに眺めつつ、それをボンヤリ考えていた。あの日の僕が橋の向こうにやってきた。
実は、今日は電車で日野まで来たために、僕は今日まで来た試しのなかった「橋の向こう」からココへやってきてしまったのだ。何とも味気ない。ココへ来る前に地図で「それ」を確認していたのだけど、もはや「それ」について、それほどこだわっていなかったのも事実だ。Sが10年ほど前に一足先に「橋の向こう」へ走っていったことも知っていたし、いずれは自分もそうしたし。そして、今、こうして「橋の向こう」にいることがこの上ない事実だ。
あの日、僕らは無邪気に日野橋の土手を転がるように下りた。実際、僕は土手の上で手を離して、自転車を転がした。よく笑った。
もし土手を下りたあの直後、バケツをひっくり返したような土砂降りの雨が降り始めなかったとしても、僕らはココをひとまず「今日のゴール」に選んでいたに違いなかっただろう。
中学になると、それまでギア付きだった自転車から「ママチャリ」に乗るようになった。
小学校の頃に自転車を盗まれて以来、取り戻しては乗り、盗まれては新しいのに乗る、のくり返し。
「自転車で遠出」は、いわば憂さ晴らしでもあった。