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のだが、子どもたちが大人に混じって釣りをしているのが見えたので、ちょっと覗いてみることにした。
長い枝に糸を結び付けた釣り竿を持った子どもが、糸を池へ投げ込むのだけど、ちっとも「あたり」がない。まるで地球でも釣っているように見える。いや、むしろその方が大志を感じるな。
前回第三回で歩いたのは神通橋という場所まで。ここから先は突然、道幅が狭くなっている。歩きなら平気だけど、自転車での通行は諦めたほうがよさそうだ。
川は上流へ進めば進むほど綺麗で澄んでいるように見える。鯉もいれば、思っていたより鷺を頻繁に見ることもできる。この川は善福寺池を源流としていて、そこへ歩こうものなら、吉祥寺のそばまで行くことになる。その辺りの情報はヒサコさんの『緑道ある記』を参考にしてもらうといいだろう。
結局、荻窪二丁目36番地あたりまで歩いたが、日も暮れてきたため、折り返すことにした。夕暮れ時の善福寺川緑地はちょっとした、題名のない演奏会。いろんな楽器を持った人たちがちらほらと集まり出すのだ。
一瞬クラリネットかと思って足を止める。違う。和風な音色だ。右を向くと、その音は眩しい木漏れ日の隙間から現れた、まるで一冊の古いお伽の本に挟まれた柔らかい栞のように、行き交う人の耳に音楽を折り込んでいた。
絵画から抜け出した聖人? それとも季節使いの妖精? どこか現実離れしたこの光景に、僕の耳は、陽の落ちかけた善福寺川緑地を離れようとする少し草臥れた足をしばしの間捕まえて離さなかったのである。
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