町歩きエッセイ『極私的東京。』タイトルロゴ
極私的東京百景認定#014

千葉ロッテファンであり、Macユーザーである僕にとって、ロッテ本社とアップルコンピュータのあるこの町はそれだけで最高です。
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第十五回 ガンプラとハムカツ

本町から新国立劇場前へ来た。高校生の頃は、まだ道幅も狭く、新国立劇場の場所は廃屋があって、ウワサでは「田原俊彦がロケに来たことがある」と話題にはなった。フジテレビのドラマ『with love』の舞台になった時は「初台も変わったなあ」と思った。右の写真のあたりに竹野内とか紀香が車で乗り付けたわけだ。昔はここは自転車置き場だった。でも、変わったのはあくまで新国立劇場側だけで、道を挟んだ向かい側は呆れるくらい庶民的。小学校の同級生のコンニャク屋も健在だ。

歩道橋を渡って初台へ。商店街こそ変わらないままだ。小学1、2年の頃、何故か流行ったスパンコールを買っていた「かんばら」もあるし、10個\200のタコやき屋も健在。小学生の頃、放課後みんなで寄って、タコやきの周りについたカスをよくもらったものだ。さる筋の人には有名な本屋も、相変わらず店の看板よりデカイ「感念物語」の文字を庶民的な商店街のど真ん中で目だたさせている。まあ、正しくは「観」念なわけだが。

でも、一ケ所だけ決定的に変わってしまった場所がある。初台駅前公園の脇にある一角だ。今では銀行だが、僕が小学生の頃、ここにはプラモデル屋と肉屋があったのだ(上中央下段の写真)。小さな店だったけど、1982年当時小学2年だった僕は、毎日のようにここへ出かけてはガンダムのプラモデルを手に入れることだけ考えていた。笹塚の『えんどう』とここは僕の巡回コースだった。
・・・ここには2つのプラモデル屋があった。肉屋の並びにあった一軒が僕の行きつけ。おばあさんと娘さんがやってる店だった。当時、ここで「ガンプラ」を買うには予約券をもらう必要があった。一日平均5〜6個という僅少な入荷量だったため、\430以上(だったかな)のプラモを買わないと、その予約券が貰えなかったのだ。それでも僕は友だちと一緒にこの店に通った。よくわからなかったけど、僕はその店が好きだった。

背中合わせのように、肉屋の裏には別のプラモ屋があった。でも、僕らはそこへは入らなかった。店の主人は威圧的な接客態度のおじさんだったのだ。誰もそこでは買わなかった。僕がこの場所に通うようになって何年目だったろうか。その店の主人は首を吊ってしまったのだ・・・。サッカーをやるようになった小学5〜6年頃、まだ、そこにあった肉屋で夕方5時の鐘を聴きながら、緑色の包装紙に包まれた揚げたてのハムカツを、友人と一緒に頬張りながら、裏にある主人のいない店を横目で見ては、イヤな思いをした。もう、その頃には僕の行きつけのプラモ屋も店をたたんでいた。娘さんは「引っ越すことになったのよ」と言っていた。


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