極私的東京百景認定〇一二

幡ヶ谷 → 分倍河原
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第十二回「ウォーターボーイズ」

彼と僕が出逢ったのは、市民プールの営業があと数日に迫った、大学一年の夏の終わりかけ。昨日の嵐の余韻をデッキブラシで丁寧にかき消していた朝のことだった。

平日はプールサイドでメガホンを首に下げながら目を泳がせ、休みの日にはサッカーボールとサンバを踊っていた僕の肌は、まるでブラジル人みたいに真っ黒で、一目で日焼けサロンのそれとは違う「本物の焼き」が入った躯だった。

仕事を始めて三日で人の死を目の当たりにした僕らの、ライフガードとしての現実は、夕方のシャワーのようにヒリヒリと肌に擦り込まれていた。その後、たとえ詰め所のテーブルの足にマムシが巻き付いていても、僕らはテーブルをプールの外へ運んで、ほぼ冷静に片付けることができた。
そんな僕らの前に、あんまりな姿で現れたのが彼だった。立つこともままならない、ひどく痩せこけたアメリカンショートヘア。名前はまだなかった。ほんの数日前にみた人懐っこい猫とはとても思えなかった。すがる力さえ手放してしまったような姿に僕は正直同情した。

4/28。彼の三回忌。僕はチョビと出逢った分倍河原の西府プールに来た。当時、夜中にアルバイトをしていた僕は、血尿が収まらず、一月前から病院通いをしていたチョビを部屋に置いて、自分の誕生日の夜、仕事に出かけた。
翌朝の帰宅から1時間ほどで目を覚ますことになったのは、・・・。

刻一刻と変わる東京の街並の中で、この分倍河原のあたりだけはちっともかわらない。そして、西府プールそのものもかわっていなかった。僕はプールを後にしてスローブを降り、その先へ足を伸ばしてみようと思った。その時、とある宗派のお寺を見つけた。プールの真下にある。日蓮宗のお寺だ。
僕はその瞬間すべてを理解した。彼の葬式を行った世田谷区大蔵の動物霊園は妙法寺というお寺。日蓮宗なのだ。死に片足をかけていた彼が僕に拾われた場所にも、僕に骨を埋めさせた場所にも、同じ「ほとけ」が立っていたのだ。

将来、「目に見えない事でも信じる」と人に言う機会があったなら、僕は迷わずこの日の事を思い出しているはずだ。それ以上の理由は必要ない。


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